山暮らしは奥深く、道のりは長い
僕にとって、山暮らしは新鮮そのものでありました。
沢から水を引いて使い、薪で風呂を沸かし、畑で作物を作り、雑木を炭釜で蒸し焼きにして炭を作り、猪や鹿を獲って捌き・・・米を作り、味噌を作り、お酒(どぶろく)までも手作りの生活。お茶の時期には、手で摘んで手揉み茶を作り、保存食・発酵食も同じく皆当たり前に手作りしています。家のことや山のことも、自分で管理する。本業ではなくても、ちょっとした大工仕事や山仕事もこなす、山の人を尊敬するようになりました。
山の恵み・川の恵みも素晴らしい。山菜をはじめ、栗・柿・銀杏や、ゆず・文旦などの作物も多いし、キノコもたくさん採れます。吉野川水系から獲れた天然の鮎・あめごを塩焼きにすると美味しいこと。何より、美しい山間の風景と水・土・空気に癒されます。雪景色、新緑、紅葉と四季の変化は、心を豊かにさせてくれるような気がします。
見るもの、聞くもの、食するもの、すべてが素晴らしい。そんな感覚であった。そして、こういった暮らしが”生活の基本”なのではないか?と思うようになったのです。自分にできることは、まだほんの一握りでしかない・・・という感覚ではありますが、昔ながらの生活の端々に大事なことがたくさんあるのだと気付いてきたのです。
昔の山暮らしは大変であったことでしょう。車がなくて、歩く道しかなかった頃だと、当然ながら遠くから大きな物を運ぶこと自体が不可能であったわけですから、物がない。その中で、手に入るもので、生活に足るものを作る。大きなものは人手を集めて作る。物がなかった時代に、どうやって暮らしていたのか?電気やガスがなかった時代にどうやって一年飢えずに暮らしていたのか?そうやって想像すると、先人の積み上げて築き上げてきた”知恵”と”力”に感服するのです。きっと、考える能力・運動能力・精神力、すべてにおいて現代人を凌駕することでしょう。その反面、僕達はだんだんと”生きる力”を失ってきているような気がしてしょうがないのです。
かといって、現代の物事を否定するつもりは毛頭ありません。自分もどっぷりと便利なものに囲まれていますし、活用していますから。ただ、僕は昔の生活に憧れをもって接していきたい。そう思うのです。できることはやってみたい、目指していきたい。僕達の山暮らしのスタンスは、こんなところです。
地元の方々に支えられての生活
今でこそ、いろいろとできることも増えてきましたが、大豊に住み始めたころは助けてもらうことばかりでした。草刈は近所のじいちゃんがしてくれたし、車も貸してくれたし、野菜はもってきてくれるし、風呂用に乾燥した薪も頂戴させてもらったものです・・・。水が止まった時は、近所の方が水源まで行ってくれて直してくれましたし、屋根裏にできた大きなスズメバチの巣も撤去してくれました。とにかく、何かあれば地元の方に相談すれば解決するという感じでした。
今でも同じように、いろんな面で地元の方々にはお世話になっています。薪用に雑木があれば連絡してくれるし、廃材があれば連絡してくれるし、野菜もいただきものばかりです。おかげ様で、以前に作った小屋や鶏小屋の材料はほとんど廃材で作ることができました。自分が地元で貢献できることは、ほんの少しですが、その時は全力で頑張る。まさに、山暮らしは支えあいの生活なのだと思うのです。
お世話になった、この大豊の小さな集落で自分に何ができるのか?これからの大きな課題です。
(文責 スラジ)